わが国の印刷技術の歴史は古く、奈良時代の百万塔陀羅尼の経文印刷を始として、平安朝に入っての、春日版、高野版、五山版などの仏典刊行はよく知られている。
ところが、近世初頭、海外からの新しい印刷技術の渡来によって、その普及発達が著しく刺激され、出版の新時代が到来する。
中世以前、貴族の世界を中心としたごく狭い範囲内で書写によって伝えらていた物語文学も、嵯峨本をはじめとする古活字本によって、より広い範囲で読まれるようになる。
出版は、はじめは活字印刷であったが、寛永期にはいると板木彫刻による整版印刷にきりかえられていく。
寛永期、すでに活字版で「伊勢物語」11種、「大和物語」10種、「源氏物語」4種というように盛行を極めたが、これらも整版に移されて、いっそう広く流布するようになった。
「伊勢」「竹取」「源氏」を始めとする王朝物語類は、特殊なものをのぞいてほとんど近世初頭に出版され、「伊勢」「源氏」の注釈書も刊行されるようになる。 また、御伽草子の代表的なものも、寛文期までにはほぼ出そろい、物語文学は、近世の読者たちにとって身近な存在となっていく。
また、これらには以後の江戸期出版物の特色ともなる挿絵の入ったものが多く、承応3年版「狭衣物語」、明歴3年版「大和物語」、寛文3年版「竹取物語」、寛文10年版「伊勢物語」などの多くの作品に及ぶ。
今回は、当館所蔵の、江戸時代に整版印刷で出版された絵入りの物語本を展示する。
当館所蔵の絵入り物語本(江戸時代製版本)
- 1.たけとり物語 2巻2冊
- 天明6年 浪華書肆河内屋喜兵衛・和泉屋宇兵衛刊本 茨城多左衛門板 223.3-2
- 2.たけとり物語 2巻合1冊 刊本 茨城多左衛門板 223.3-220
- 3.[伊勢物語] 2巻2冊 寛文10年高橋清兵衛刊本 223.3-172
- 4.[新板伊勢物語] 2巻2冊 京都菊屋喜兵衛刊本 石崎223.3-5
- 5.新板伊勢物語 存巻上1冊 刊本 中西111
- 6.[新板伊勢物語] 存巻下1冊
- 正徳5年大坂渋川清右衛門・村井喜太郎刊本 上段:うす雪ものがたり 223.3-266
- 7.伊勢物語 2巻2冊 正徳6年大坂本屋新右衛門刊本 223.3-158
- 8.伊勢物語 2巻2冊 刊本松会版 223.3-196
- 9.伊勢物語 2巻2冊
- 月岡丹下画 宝暦6年大坂柏原屋与左衛門刊本 223.3-262
- 10. [伊勢物語絵抄] 3巻3冊 元禄6年京都大文字屋七兵衛等3肆刊本 223.3-218
- 11. [花王伊勢物語絵抄] 1冊
- 長谷川光信画 延享4年泉屋喜太郎刊本 223.3-62
- 12. [校訂伊勢物語図会] 3巻3冊
- 市岡猛彦校 岡田玉山画 文政8年名古屋美濃屋伊六等6肆刊本 223.3-56
- 13. [校訂伊勢物語図会] 3巻3冊
- 市岡猛彦校 岡田玉山画 明治8年名古屋玉潤堂印本 223.3-56
14. おさなげんじ 5巻10冊 寛文10年山本義兵衛刊本 甲和810
15. おさなげんじ 10巻10冊 正徳3年岩国屋徳兵衛刊本 223.3-214
16. [絵入おさな源氏] 10巻10冊 刊本 松会版 223.3-180
17. [源氏小鏡] 3巻3冊 明暦3年洛陽安田十兵衛刊本 223.3-216
18. [絵入源氏小鏡] 3巻3冊 明暦3年洛陽安田十兵衛刊本 223.3-162
19.十帖源氏 10巻10冊 万治4年跋刊本 甲和809
- 20. 今昔物語 倭部 20巻20冊
- 享保5年序大坂書林河内屋太助刊本 京都柳枝軒書林蔵板 223.3-38
- 21. 今昔物語 倭部 30巻30冊
- 享保18年京都茨城多左衛門・江府小川彦九郎刊本 中西128
22. 和泉式部物語 3巻3冊 寛文年間八尾清兵衛刊本 223.3-112
23. 宇治拾遺物語 15巻15冊 万治2年京都林和泉掾刊本 223.3-40
24. 宇治拾遺物語 10巻合2冊 刊本 中西130
25. すみよし物語 2巻2冊 宝暦9年京都梅村三郎兵衛刊本 223.3-34
26. すみよし物語 1冊 寛永9年中野道也刊本 中西126
27. はちかづき 2巻2冊 延宝4年大坂泉屋夘兵衛刊本 223.3-228
28. 衣更着物語 存巻上1冊 刊本 223.3-264
29. 大和物語 2巻5冊 明暦3年谷岡七左衛門刊本 石崎223.3-6
30. 狭衣 4巻目録1巻系図1巻 12冊 承応3年京都三木親信刊本 朝日223.3-1
- 31. 狭衣 4巻下紐4巻目録1巻系図1巻 5冊
- 承応3年刊寛政11年京都三木安兵衛印本 石崎223.3-2
32. 古今著聞集 20巻20冊 元禄3年武江高嶋弥兵衛等3肆刊本 255.6-88
- 33. 古今著聞集 20巻20冊
- 元禄3年刊明和7年大坂書林河内屋茂八・柏原屋清右衛門求板本 石崎223.3-1
- 34. 古今著聞集 20巻20冊
- 元禄3年刊明和7年大坂書林河内屋茂八・柏原屋清右衛門求板本 石崎223.3-19
- 35. 古今著聞集 20巻15冊
- 元禄3年刊明和7年大坂書林河内屋茂八・柏原屋清右衛門求板本 浪華書肆河内屋喜兵衛後印本 255.1-20
36. たまもの前物語 2巻2冊 刊本 255.1-4
―― 参考
- 竹取物語
- 写本としては室町時代以後のものがしられているが、近世以後、奈良絵本として、また古活字本・整版本として流布した。整版本では正保3年(1646)刊本
(京都林甚左衛門版) が最初で、寛文3 年(1663)以後重版された。
- 伊勢物語
- 江戸時代以前に書写されたものは数百を越えるが、伊勢物語は江戸時代においても、いわばベストセラーであり、慶長年間に上梓された数種の木活字本のほか、寛永以後数多くの版本(多くは絵入)が出版された。
- 源氏物語
- 室町末期までに書写された現存伝本だけでも百部におよぶが、江戸時代になると、「湖月抄」ほかの啓蒙的な注釈や本文が数多く版行されるようになる。
一般的には源氏物語は、数次にわたって版行された室町時代以来の「源氏小鏡」や「十帖源氏」「おさな源氏」のごとき梗概書や、傍注ないし頭注付の俗語解、浮世草子風の俗訳書等、その他の多様な啓蒙書によって普及したといえる。
「おさな源氏」は寛文5年(1665)刊。刊本に、寛文6年版、同10年版、同年松会版、同12年版など諸版が多い。「源氏小鏡」は南北朝時代の成立か。異本が極めて多い。
- 江戸時代にも版本が多く刊行されている。
- 今昔物語
- 現存写本は60本を越えるが、版本としては、井沢蟠竜校訂本30巻20冊(前編を享保5年、後編を享保18年刊。弘化3年一括重刊)、丹鶴叢書本16巻34冊(嘉永3−6年刊)がある。
和泉式部物語(和泉式部日記) 江戸期版本としては、寛文年間版、享保21年版がある。
- 宇治拾遺物語
- 写本としては、宮内庁書陵部・桃園文庫・蓬左文庫・陽明文庫・九州大学・竜門文庫・内閣文庫その他に十数部の完本・零本があり、版本としては、寛永頃の古活字版(8冊)の他に、万治2年の整版本(15冊)と、その後刷本がある。
- 住吉物語
- 伝本も異本もきわめて多い。版本としては、慶長古活字版、元和古活字版、元和寛永古活字版、寛永9年版、万治2年版、寛文元年版、宝暦9年版などがある。
- 鉢かづき
- 奈良絵本系と刊本系にわけられるが、刊本は、(1)寛永頃本屋弥右衛門刊古活字丹緑本・万治2年高橋清兵衛刊本・御伽草子23編(刊本)の一系諸本、(2)万治2年松会刊本・寛文6年山本左衛門刊本系諸本に分けられる。
きさらぎ物語 版本としては、貞享5年版、元禄6年版がある。
大和物語 版本としては、種々の古活字版、慶安元年版、享和3年版、などがある。
- 狭衣物語
- 深川本・伝為家筆本・伝清範筆本その他鎌倉期の写本数点をはじめ、伝本数はきわめて多い。近世にあっては、元和9年刊の木活字12行本・その他数種の木活字本・承応3年刊の整版本およびその後刷本がある。
古今著聞集 版本としては、元禄3年刊、明和7年刊がある。
- 玉藻の草子
- 写本としては、赤木文庫蔵文明2年写本・国会図書館蔵奈良絵本等のほか根津美術館蔵絵巻がある。刊本には承応2年版本がある。
「日本古典文学大辞典」(岩波書店刊)
「国書総目録」(岩波書店刊)より
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