第89回小展示(大阪資料・古典籍課) 平成21年3月13日(金)〜5月16日(土) (入場無料) |
平成20年度 新収資料展 |
平成20年度中に収集した大阪関連の古典籍・既刊書の一部を展示しています。
|
■◇ 新収資料リスト ■◇
請求記号 | 書名 | 著者名 | 出版社 | 出版年 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 173/370 | 絵本目出度候 上 | 〔流行斎如圭著〕 | 享和3(1803) | 子供用の教訓いろは歌に流光斎が絵をつけたもの。収録範囲は<い〜ま>まで。色刷りで、絵双紙屋の店頭、講談を聞く人々の様子など巷の風俗が描かれている。 流光斎如圭は狩野派の流れをくむ月岡雪鼎の弟子蔀関月の門人。上方役者絵の祖といわれ、写楽にも影響を与えたとされる。役者を美化せず写実の中に滑稽味をこめた風格のある画風で、その似顔の迫真性は当時定評があった。 ※流光斎如圭に関しては『上方浮世絵の再発見』松平進著・講談社刊(721.8/119)に詳しい。 |
2 | 226.2/40 | 俳諧御傘 10編 5冊 | 松永貞徳著 | 野田治兵衛 | 自序に「さしあひにまとふ事多て評論絶せねは丸か門弟のために此一帖をあらはす」「此一本の有ならはあめか下にさしあひする人又と有間敷・・・」と出版目的と書名の由来がのべられているが、俳諧の普及につれて式目の必要性が生じたことにより、貞徳が自ら編纂したもの。版元を異にする4種の版本があるが、すべて同版である。 |
3 | 226.3/628 | 俳諧五子稿 | 朝陽館五晴編 | 石原茂兵衛 | 安永4(1776) | 言水・去来・素堂・沾徳・来山の五俳人の各句集、紫藤軒言水句集・落柿舎去来句集・山口素堂句集・合歓堂沾徳句集・十萬堂来山句集を集めたもの。五晴は書肆朝陽館の主人石原茂兵衛の俳号で大魯の社中の一人。 |
4 | 226/80 | 俳句すりもの張込帖 | 長谷川貞信、松川半山等の画家の名がみえる。 | ||
5 | 228/198 | 大都会ぶし 新作えらはやり | |||
6 | 229.2/88 | 狂詩百色染 | 大田南畝撰 静軒校 | 二書房 | 安政2(1855)序跋 | 狂詩はごく通俗卑近な題材をとって戯作された漢詩文の類をいい、早くから存在し、写本で行われていたが、明和四年寝惚先生こと大田南畝による『寝惚先生文集』(朝日229.2-1)が刊行され好評だったことから、京都で銅脈戦士(畠中観斎)の『太平楽府』が出版され東西で期を一にしてはやり、以来三都で流行した。 |
7 | 229.3/416 | 狂謌五十題 | 芍薬亭長根編 | 芍薬亭長根:明和4年(1767)〜弘化2年(1845) 狂歌作者 号は芍薬亭長根・浅黄裏成(二世)・菅原長根等。初め朋誠堂喜三二に戯作を学び、黄表紙・読本の作がある。狂歌をよくし、文政初年水魚連を結成、主催者として太田南畝(狂名:四方赤良)・鹿都部真顔・石川雅望・曲亭馬琴等と交わり、「文政調」を唱えて文政・天保年間の狂歌界に君臨した。 岳亭:読本・狂歌作者・画家。画号を初め春信、後に定岡、狂名を堀川太郎・堀河多楼と称す。『狂歌現在奇人譚』(今回展示中)の後編、源光博の序に、7歳にして湿眼を患い8年に及び、名医により治癒後眼力を用いる業を禁じられたとある。両親の死後画業につき、初め堤秋栄のち魚屋北渓の門に入り、更に葛飾北斎にも随従した。 |
|
8 | 229.3/418 | 狂歌手毎の花 | 文屋茂喬編 | 吉田屋新兵衛 | 文化7(1810) | 三都を始め江州・播州・紀州・美濃・越前に至る広範囲にわたる作品を収載。大坂では、鉄格子社、岸和田の山田社の面々、無尽亭・鶴亭・鬼拉亭力丸(松川半山の父)等が参加している。 巻末に作者居所分類6丁を付す。a和・白瑛等画。 |
9 | 229.3/420 | 狂歌三百首抄 | 松永貞徳著 雄長老著 | 刊(寛文5(1665)年後刷) | 近世上方の狂歌は、武将で機智的な速吟狂歌を得意とした歌道の権威者、細川玄旨(幽斎)の門人松永貞徳の指導によって始まる。貞徳の作は寛永13年『貞徳百首狂歌』として出版されたが、和歌的なものから脱却できず魅力に乏しいとされるが、指導者としては秀逸で、石田未得や半井卜養を輩出、晩年の弟子である豊蔵坊信海を通じて由縁斎貞柳へと引き継がれた。『狂歌書目集成』(星野書店)によると同書は雄長老・細川玄旨・松永貞徳の三名の歌集中より撰出して1冊の横本にしたてたもの。後百数十年を隔てた文化頃に新大納戸有武の手により復刻されたとある。本書の刊記は寛文5年となっているが、新大納戸有武による序文があり、甲子春とあることから、『狂歌所書目集成』の説によると、文化2年の序刊と推測される。雄長老は貞徳の師にあたる細川幽斎の甥にあたる。 |
10 | 229.3/422 | 狂歌現在奇人譚 初〜3編、歌之部 7冊 | 岳亭定岡著 | 大阪屋茂吉 | 文政7(1824) | 定岡と同時代の狂歌師逸話と歌之部からなる。逸話は鬼外楼内成に始まり百種園有武まで48名を取り上げ一話ごとに絵をそえたもの。歌は全国か644首、大阪では觜長・落霞・梅貫・鬼澄・庭照・二葉雄等の名がみられる。 |
11 | 229.6/24 | 名家地口画譜(名家合作 地口画譜) | 松川半山等画 | 奥村金次郎 | 篠崎小竹の題に暁鐘成の序文、半山を中心に九鳳・瓢水・米冲・野亭による絵からなる。嘉永3年の序があるが、奥付は東京京橋区とあるところから明治期の刊行と思われる。地口付(じぐちづけ)は雑俳の一つで前句付(まえくづけ)の類。寺口からなる上の句に、戯画を添えて下句としたもの。享保(1716〜36)の頃に江戸で流行し、間もなく禁止されたという。篠崎小竹・暁鐘成の序文有。 <本文紹介:花ハみよしの人ハ武士 付句:母は忍びの一箭文 本文:人和一国はしばしまで 付句:和歌の一徳たちまち雨> |
12 | 229.8/96 | 顔づくし落ばなし(開花なには土産) 初編〜21編 |
オトシバナシ:終わりに洒落や語呂合わせなどで<落ち>をつけて面白く結ぶ話。軽口。落語。 <本文紹介:理屈に詰つたる顔:お鶴どんおまへもいつ迄も奉公していづとわしと一處になつて世帯する気ハないか わしが先祖ハ伊弉諾伊弉冊の尊の末孫で系図正しき者じや お前も其通理事や いはゞ一家同士の様なもので兄弟のやうなものじや まんざらの他人でハないぜ ソンナラ兄弟夫婦二なつてもだんないかへ ハシモタ> |
||
13 | 255.5/122 | 豊臣徳川浪花合戦 初編 | 長谷川小信画 | 本屋 安兵衛 | |
14 | 255.9/116 | 小倉百首類題話 3冊 | 暁鐘成作・画 | 河内屋平七 | 文政6(1823) | 娯楽用として作られた作品で、百人一種を題材にして当世風の落し噺を付したもの。暁鐘成(1793)〜万延元(1860):木村明啓。鶏鳴舎・暁鐘成・漫戯堂・鹿廼屋真萩・暁晴翁等多数の号を持つ。初め狂歌になじみ、やがて演劇・洒落本・滑稽本・読本などの編述をすると共に挿画も描いた。還暦を賀し暁鐘成の号を門人に譲り、鶏鳴舎暁晴翁と称し、これを機に文・画謙作から画を松川半山に委ね文作に専念した。 <本文紹介:当時流行していたカナリアを飼っている隣人同士が、カナリアの仲の良い様子を見て、鳥類で一番仲の良いのは何かという話となった。 それぞれ鴛鴦と鴨をあげ、その根拠を故事や和歌の類で主張。柿本人麿の「あしびきの山とりの尾のしたり尾のながながし夜をひとりかも(鴨)ねん」をあげ「鴨はどんな事があっても一人では寝ない」でオチとなっている。> |
15 | 255.9/118 | 浪花土産 落はなし | 十南斎著 | 伊丹屋清助 | 嘉永2(1849) |
16 | 272/106 | 言霊のしるべ 上・中 3冊 | 黒沢翁満著 | 嘉永5(1852)・安政3(1856) | |
17 | 351/476 | 三忠伝 上・下 4冊 | 安東省庵著 | 柳枝軒 | |
18 | 540/12 | 世界商売往来 | 橋爪貫一著 加藤雷洲画 | 青山堂出店 | 明治4序(1871) | 洋舶来交易により、世間に通行する文物の理解の助けとなる様数字の比較・アルファベットの一覧・英語の訳・各国の通貨など基本的知識を記したものであるが、本編(正編)・続編・続々編と続いて刊行されたことからこの種の本が売れたことが推察できる。 ※「続世界商売往来」(40/12)「続々世界商売往来」(540/12)は旧蔵。 |
19 | 648/22 | 金銀精分 上・下 | ハラタマ述 | 秋田屋市兵衛 | 明治5(1872) | 造幣局のために貨幣の金属分析法を教授したもの。著者であるハラタマは、同じくお雇い外国人であったボードウィンの世話でオランダから来日、長崎精得館付設の分析窮理所の教師として、理化学や製薬技術の教育をしていたが、新政府による理化学校を大阪に新設する命に従い来阪、明治2年舎密局(後の第三高等学校)の開設の準備を担当、開講式典でのハラタマの講説は『大阪舎密局開講之説』(630/20)と題し刊行された。明治元年10月大阪府知事後藤象次郎・大参事小松帯刀は、大阪府の将来にかけた遠大なる抱負として総合大学設立を宣言したが、維新直後であり、資金難により見通しがつかなかった。当時江戸に理化学校開設を予定していた幕府が没落したこともあり、計画が変更され、明治2年(1869)大阪の地に舎密局が開設されるに至った。 |
20 | 663/32 | 衛生新論 上・下 | 緒方惟準纂輯 | 適々斎蔵版 | |
21 | 914/538 | 軽筆鳥羽車 | 前田梅吉 | 享保5年の後摺り | いわゆる鳥羽絵の作品で、享保5年版の後刷り。当館では寛政5年版の三冊本などを所蔵しているが、いづれも墨摺り、本冊は1冊で、彩色されている。鳥羽絵は江戸時代中期以降上方に行われた戯画の一様式、略筆粗描の滑稽人物図で、手足を異様に長く痩身にして低い鼻、小さな目、大きな口に描くのが特色、後には広く漫画絵一般の呼称となった。 |
22 | 971/196 | 三都劇場草之種 | 八文舎自笑著 流行斎如圭画 | 八文字屋八左衛門 | 文化元(1804) | 題簽には手書きで「役者百人一衆化粧鏡」となっているが、「草の種」は「役者百人一衆化粧鏡」の二編のあたり、序文に「二タ巻の冊子につづり、頓て「艸の種」と号しもむべなり」とあるところから「草の種」とした。巻末に筆工小杉玉泉堂、彫刻藤木金兵衛とある。巻末を見ると八文字舎の出版広告に、『三都戯場役者百人一衆化粧鏡』初偏・『三都戯場草の種』次偏・『三都戯場田植艸(未刻)』三偏・『三都戯場初穂艸(未刻)』四偏・『三都戯場晩稲艸(未刻)』五偏とあり、五冊の企画作であることがわかる。 |
23 | 979.1/38 | 西洋発明手品の伝授 二編 | 長谷川貞信画 | 田中安治郎 | |
24 | 甲雑168 | 踊形容楽屋之図 | 豊国画 | 和泉屋市兵衛 | 三代目豊国:号一雄斎 五渡亭等一世豊国の門に入り一雄斎国貞と称した。文化7・8年頃から俳優似顔絵を描き始め、最もよく中村歌右衛門の似顔を書き名を広めた。文化8年一世豊国の死後豊重が二世を継いだ事もあり、天保2・3年頃英一蝶の裔一珪の門に入り香蝶楼と号したが、弘化元年故あって二世豊国が廃号し豊重に復した事から豊国(三世)を称した。彩色摺の精巧は三世豊国に至って極まったとされる。元治元年没 |
25 | 子641 | 五行稽古本目録 新刻改正 | 三河屋喜兵衛 | 弘化2(1845) | 浄瑠璃の稽古本の抜書き本の目録で、天保7年版を天保13年に再摸したもの。奥付に義太夫の稽古本、錦絵菓子袋類、おしろいはみかき製法所おろし小うりとあり、こうした本が草紙屋で売られていた事がわかる。稽古本目録は他に『五行稽古本目録 新刻改正』 安政4年冨士屋儀兵衛刊(015/214)を所蔵 |
26 | 子642 | 冠吟玉之光 二編 | 雄崎芦笛編 | 河内屋茂兵衛 | 弘化2(1845) | 『冠吟玉之光』天保15年刊(朝日226.8/15)を所蔵 |
27 | 枚345 | 御城外・大調練之図 | 初代長谷川小信(二世貞信)画 | 富士屋政七 | 〔明治2〜3(1869〜70)〕 | 初代長谷川小信は初代貞信の長男。明治8年(1875)二世貞信を継ぎ、錦絵新聞で大活躍したが、明治10年代以降、金属活字・写真・石版・銅板等出版事情の変化に伴い浮世絵の需要が減る中、商店の引札・ちらしを制作、後には芝居番附を制作した。本作は小信名であり、セイミ局・造幣寮・大阪鎮台等が描かれている事から、明治4年〜6年頃の作品と推測される。 貞信に関しては『特別展 錦絵にみる浪花風物誌』-大阪城天主閣編刊(721.8/66N)ーに詳しい。 |
28 | 枚346 | 米相場休日録・米相場休日定 | 堂島浜清・堂島山茂 | 嘉永7(1854) | |
29 | 枚347 | 十日戎大祭全図 | 岩崎卯三郎著 | 岩崎卯三郎 | 明治35(1902) | 今宮戎の祭りを描いた作品(8枚) 今宮神社・宝栄籠、付録として神社・造幣局・博覧会・築港など話題の場所を取り上げている。画家は桃(楓ヵ)谷 |
30 | 枚348 | 中村歌右衛門いろは歌 浮世見立忠孝教訓 | 叶屋喜太郎 | こ:高家より立役道外女形芝くわんはかりはなにをさせても る:るいもなき十二ばけとハおそろしやまだ此うゑハ何になるやら (三代目が一人一役柄の原則を崩し、七変化、九変化を演じた。) て:天下一大明神ともてはやす江戸むらさきの色のごくてん(三代目の初めての江戸下りの折、舞台で坂東三津五郎のひいきから額に疵を受けたが、舞台を続けた上、「むらさきをかほにもろふや江戸の花」の句を読み一件を落着させたところから、江戸での人気が高まった) などから、三代目中村歌右衛門に関する資料と知れる。 三代目中村歌右衛門:1778−1838 初代中村歌右衛門の実子 屋号は加賀屋 狂言作者名:金沢龍玉 文化文政(1804−30)の大坂の芝居は、三代目中村歌右衛門(後芝翫・梅玉)と嵐璃寛(二代目嵐吉三郎・橘三郎)の二大スターのライバル関係により隆盛を迎えた。男前で品格のある立役で女性に人気のある璃寛に比し、小柄でしゃがれた声、風采が上がらなかった歌右衛門であったが、ダイナミックな演技には定評があり、多種多様な役柄を巧にこなしたところから“兼ねる役者”と呼ばれ男性に人気があった。二人のライバル関係はひいきをまきこみ様々な出版物、グッズ等文化・風俗・経済など多方面に影響を与えた。 三代目中村歌衛門に関しては、「役者更紗目鏡」(971/164)に詳しい(大阪府立図書館紀要35号に翻刻有) |
|
31 | 020.4/67N | 思い出のままに | 藤原仁助著 | 浪速屋藤原仁助書店 | 1964 |
32 | 188.5/408N | 薬樹山延命寺略誌 | 〔延命寺編〕 | 延命寺 | 1957印刷 |
33 | 289.1/5098N | 釜ケ崎・自由天地の哀歓 | 酒井信栄著 | 〔酒井信栄〕 | 1985 |
34 | 289.1/5144N/クス | 楠公遺蹟めぐりとハイキング | 南海電車 | ||
35 | 289.1/5145N/クス | 楠公六百年祭記念遺蹟めぐり御案内 | 大鉄電車 | ||
36 | 289.1/5146N/クス | 楠公遺蹟めぐり | 大鉄電車 | ||
37 | 289.1/5147N/クス | 楠公遺蹟めぐり | 大鉄電車 | ||
38 | 289.1/5148N/クス | 大楠公六百年祭史蹟巡り | 阪神電車 | ||
39 | 291.6/386N | 近畿日帰りの行楽 | 松川二郎著 | 大文館書店 | 1936 |
40 | 291.64/187N | 阪神沿線ところどころ | 阪神電気鉄道 | ||
41 | 291.64/188N | 沿線御案内 | 阪神急行電鉄 | [1938] | |
42 | 292.1/102N | 鮮満に旅して | 大阪府池田師範学校二部二年旅行団編輯員 | 大阪府池田師範二部二年旅行団 | 1933 |
43 | 376.2/150N | 大阪市北区教育一覧 | 北区小学校々長会 | 1903 | |
44 | 376.2/151N | 大阪市南区学事一覧表 | 南区教育会 | 〔1903〕 | |
45 | 376.2/153N | 大阪市立有隣勤労学校要覧 | 〔大阪市立有隣勤労学校編〕 | 〔大阪市立有隣勤労学校] | |
46 | 376.2/154N | 大阪市立有隣勤労学校概覧 | 〔大阪市立有隣勤労学校編〕 | 〔大阪市立有隣勤労学校〕 | 〔193-〕 |
47 | 376.2/80N/(2) | 八尾市立南高安小学校百年のあゆみ | 南高安小学校創立百周年記念編集委員会編 | 南高安小学校創立百周年記念事業推進会 | 1979 |
48 | 376.3/150N | 大阪府中等学校徽章 | 大阪府中等学校校外教護連盟 | 1930 | |
49 | 376.4/644N | 沿革略史 | 〔大阪市立高等西華女学校編〕 | 大阪市立高等西華女学校 | 1937 |
50 | 386.1/467N | 大阪商工祭行列順路 | 〔大阪商工祭協会〕 | ||
51 | 499/359N | 艸楽新聞 第266号付録 | 艸樂新聞社 | 1903 | |
52 | 516.2/9N | 万国博関連工事誌 | 日本国有鉄道大阪工事局 | 1971 | |
53 | 517.2/257N | 淀川大堰工事誌 | 淀川大堰工事誌編集委員会編 | 建設省近畿地方建設局淀川工事事務所 | 1983 |
54 | 586.2/101N | 内外綿株式会社増資記念写真帖 | 〔内外綿編〕 | 〔内外綿〕 | 1932 |
55 | 586.2/98N | 内外綿業年鑑 昭和8・9・14年 | 日本綿業倶楽部編 | 日本綿業倶楽部 | 1933・34・39 |
56 | 596.6/266N | 和洋菓子製法独案内 | 岡本純著 | 青木嵩山堂(発売) | 1889 |
57 | 606.9/308N | 第五回内国勧業博覧会場内観覧案内 | 山田鎗之助 | 大阪製本印刷 | 1903 |
58 | 672.1/287N | 明治初年和泉豪商名家図譜 | 川崎源太郎著 出口神暁補訂 | 和泉文化研究会 | 1978 |
59 | 673.7/496N | 丸紅商店の沿革 | 〔丸紅商店編〕 | 丸紅商店本社 | 1931 |
60 | 686/186N | 営業報告書 第30〜35 42・43・45〜53・55・58〜63回 | 〔京阪電気鉄道編〕 | 京阪電気鉄道 | 〔1921〜1938〕 |
61 | 686/187N | 株主名簿 昭和5・6年 | 〔京阪電気鉄道編〕 | 京阪電気鉄道 | 〔1930・1931〕 |
62 | 686/189N | 大坂鉄道会社定款 | 〔大坂鉄道編〕 | 〔大坂鐵道〕 | 〔1888〕 |
63 | 694.6/147N | 電話番号簿 大阪府 明治45年5月1日改 | 大阪逓信管理局 | 1912 | |
64 | 702.1/199N | 大阪の神社展 2・3 | 大阪市立博物館 | 1978・79 | |
65 | 721.7/78N | 陪駕日記 | 〔田能村竹田著〕 | 〔米山堂〕 | 〔1920〕 |
66 | 769.1/171N | あしべ踊番組 第46回 | 南演舞場 | 〔1930〕 | |
67 | 914.6/8882N/コタ | 楽我記 | 小谷省三著 | 市民新聞社 | 1966 |
68 | G/46N | 大阪近傍図 | 〔出版社不明〕 | ||
69 | G/47N | 岸和田市街図 | 秋山専二 | 1921 | |
70 | G/48N | 方角改正五畿内掌覧 | 知郷書販 | ||
71 | G/49N | 高槻城下之図 | 知郷書販 | ||
72 | K1/25N | 大阪市よいこのかるた | 大阪少年防犯協会 | ||
73 | P29/33N | 京阪 4巻4号 | 京阪電気鉄道 | ||
74 | P77/84N | 道頓堀 第6〜130号 (欠:16・19・20・23・25・31・32・45・47・79・88-95・99・100・102-104・107-113・115・119・122・123・126) |
松竹合名社〔編〕 | 松竹 | 1927〜1937 |