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第49回大阪資料・古典籍室1小展示
平成14年9月1日(日)〜10月30日(水)


開化の息吹


  
― 明治初期の啓蒙書 ―


「万国港繁盛記」
「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」
明治維新からの10年余りは、文明開化の時代です。新しい生活習慣や文化が次々と導入され、街には西洋舶来の新しい風俗があふれ、都市にもたらされた国民の生活の大きな変化は次第に地方へもひろがっていきました。政府は富国強兵、殖産興業のスローガンのもと、田畑勝手作・斬髪随意・学制発布・職業移住自由・太陽暦採用・徴兵令・地租改正といった様々な制度の改革を矢継ぎ早に打ち出し、文明開化を積極的に推進していました。
近代的な国民国家の建設を目標とする新政府の意向にしたがって、この時期、福沢諭吉・西周らにより西洋啓蒙思想が盛んに紹介される一方、庶民向けにも通俗的な啓蒙書が出版されました。これらの通俗的啓蒙書の多くは、開化の知識を持たない一般の人々を対象に、欧米の文化を紹介したり、開化の道理をわかりやすく説くという形を取り、伝統的な教訓書の形式である問答体や美しい挿絵も多用されました。これらの一般に「開化物」と呼ばれる啓蒙書群は、明治10年をピークに姿を消していきますが、新たな国の担い手としての民衆を育て、続く自由民権期への橋渡しとして大きな役割を果たしたのです。
大阪では、五代友厚の秘書的な人物で後に大阪商法会議所(今の大阪商工会議所)の書記長にもなった加藤祐一らが啓蒙書の作者として活躍しました。また挿絵には松川半山、長谷川貞信などの当時一流の挿絵画家が多くの作品を残しています。商都としての伝統が厚く、実利を重んじる姿勢の特に強い大阪には、啓蒙思想の合理性・実益を追求する側面が受け入れられる土壌があったといえましょう。

今回はこのような一般向け啓蒙書の中から、大阪で出版されたものを中心に、所蔵資料の一部をご紹介いたします。近代日本の黎明期のすがすがしい気風を感じていただければと思います。(右の写真は『万国港繁昌記』)





展示資料  ○印 全期間展示  (前) 前期(9/1-9/28)のみ展示  (後) 後期(10/1-10/30)のみ展示  



1、開化の必要


明治維新後、政府は積極的に開化的政策を進めましたが、一般の人々のなかには旧来の生活習慣に対する執着と新奇な文明への反発もありました。啓蒙書の作者たちは、開化の必要性を合理的に説明しようと試みました。

『寄合ばなし』(よりあいばなし) 初編 榊原伊祐(さかきばらいすけ)編 大阪 柳原喜兵衛 明治7(1874) 046‐32

序文に加藤祐一の講釈を抄録したものとある。洋学者「西野語学」が国学者、漢学者などの問に答えて、太陽暦の便、自主自由の権、博打の禁止などを述べている。

『開化乃入口』(かいかのいりぐち) 初編・二編 横河秋涛(よこがわしゅうとう)著 長谷川貞信(はせがわさだのぶ)画 大阪 松村九兵衛 明治6(1873) 561‐2

二人の開化青年(「開化文明」と「西海英吉」)が旧弊頑固な父・神官・僧侶たちに開化を説く形で、洋服の便、断髪の理、肉食の益、徴兵制・女子教育の必要制などを述べている。「旧弊」の意見のなかに政府の批判や、当時の人々の開化の受け止め方が見て取れる点も興味深い。

『文明開化』(ぶんめいかいか) 初編・二編 加藤祐一(かとうゆういち)著 松川半山(まつかわはんざん)画 大阪 柳原喜兵衛 明治6-7(1873-4) 561-8

衣食住・迷信・信仰等について、開化の時代に生きる人のとるべき態度が講義体で解説されている。西洋のものだから受け入れるのでなく、理にかなっているから受け入れるのだとしている合理的な姿勢が特徴的である。

『開化の本』(かいかのもと) 初編 西村兼文(にしむらかねふみ)著 京都 杉本甚助 明治7(1874) 190‐124

王政復古、自主自立の権や人の平等などの、新時代の社会のあり方を解説したもの。

(前)『開化の歌』(かいかのうた) 小川錦水(おがわきんすい)著 大阪 松村九兵衛 明治6(1873) 561‐6

怠惰の弊を廃し、学問事業に勉強することの重要性が七五調で述べられている。

(前)『開化夜話』(かいかやわ) 初編 若林長栄(わかばやしちょうえい)編・画 大阪 北尾禹三郎 明治7(1874)    046‐56

百度参詣や人魂など当時信じられた迷信・俗説を取り上げてそれぞれ解説したもの。

(後)『開化進歩の目的』(かいかしんぽのめあて) 加藤祐一(かとうゆういち)著 松川半山(まつかわはんざん)画 大阪 石田和助 明治6(1873)  561‐10

文明開化して到達すべき目標を記している。

(後)『童蒙筆づかひ』(どうもうふでづかい) 荻田筱夫(おぎたしのぶ)著 松川半山(まつかわはんざん)画 大阪 柳原喜兵衛  193.2-30

子ども向けに運筆書法を記した本だが、扉絵に小学校に通う子ども達の絵が描かれている。小学校はまた文明開化のひとつの風俗であった。


2、世界への視線


文明開化は具体的には西洋文明の摂取として進められました。また開国に伴い、世界の文物や人々に対する関心も高まっていきました。

『開化往来』(かいかおうらい) 明治5(1872)序 190‐50

世界の文物、街、各国事情を解説したもの。

『開化近道子宝』(かいかちかみちこだから) 松川半山(まつかわはんざん)著 大阪 岡田茂兵衛  193.5‐34

開化の風物を挿絵入りで紹介したもの。

『万国港繁昌記』(ばんこくみなとはんじょうき) 黒田行元(くろだゆきもと)著 松川半山(まつかわはんざん)画 京都 林芳兵衛 明治6(1873) 364-40

交易や航海の歴史、世界の港勢を解説したもの。

(前)『世界婦女往来』(せかいおんなおうらい) 山本與助(やまもとよすけ)著 大阪 大野木市兵衛 明治6(1873) 190‐40

女性用啓蒙書。家庭の主婦を対象に、世界各国の事情・風俗を学べるようにした図書。

(前)『西洋画引節用集』(せいようえびきせつようしゅう) 井上廉平(いのうえれんぺい)編 長谷川貞信(はせがわさだのぶ)画 大阪 大野木市兵衛 明治5(1872)序  292.8-2

日本語と英語で物の名前を記した図書。項目には西洋の文物が多く見える。

(前)『世界節用無尽蔵』(せかいせつようむじんぞう) 横尾謙七(よこおけんしち)著 松川半山(まつかわはんざん)画 大阪 吉岡平助 明治8(1875)序  190-114

各国の文物の絵入紹介。

(後)『世界乃富』(せかいのとみ) 荻田筱夫(おぎたしのぶ)著 大阪 大野木市兵衛  190‐76

世界68ヶ国の名産物を紹介している。序文では、学問勉励の要が説かれている。

(後)『五十韻の原由』(ごじゅういんのげんゆ) 加藤祐一(かとうゆういち)著 村田海石(むらたかいせき)書 大阪 柳原喜兵衛 〔明治初頃〕 193.5‐32

カナとローマ字を対照させた本。


3、近代科学への関心


文明開化は、西洋から流入した新しい技術の背景にある近代科学への関心も呼び起こしました。

『窮理早合点』(きゅうりはやがてん) 初編 鳥山啓(とりやまひらく)著 長谷川貞信(はせがわさだのぶ)画 大阪 秋田屋太右衛門 明治5(1872)序 190‐126

物理の法則について解説したもの。

『窮理智恵の海』(きゅうりちえのうみ) 岡本喜八郎(おかもときはちろう)著 大阪 書籍会社 明治6(1873) 190‐128

地学・化学につき挿図を多用して解説。

(前)『窮理贈答之文』(きゅうりぞうとうのふみ) 松川半山(まつかわはんざん)著 明治6(1873) 223.9‐78

地学・地理・語学の要などを往復書簡の形で記している。

(後)『開化普通雑書』(かいかふつうざっしょ) 松川半山(まつかわはんざん)編 大阪 鹿田静七 明治9(1876)     046-16

天文・地学・地理から最新のテクノロジーまで、全般的に紹介している。



4、実学の重視


新政府は、富国強兵と殖産興業を推進していました。実学を基礎に自ら学び努力する姿勢を尊ぶ風潮が広まりました。

『開化地方往来』(かいかじかたおうらい) 宇喜多練(うきたれん)編 大阪 書籍会社 明治6(1873) 190‐136

農業啓蒙書。農民を対象に、農業生活に必要な文物を紹介したもの。冒頭に「開拓墾田は富国の基礎」といった開化時代の心得が述べられている。

『会社弁講釈』(かいしゃべんこうしゃく) 加藤祐一(かとうゆういち)著 松川半山(まつかわはんざん)画 大阪 柳原喜兵衛 明治5(1872)  542-6

交易通商の必要性、分業の利点から、「会社」の何たるかを解説したもの。

(前)『開化商売往来』(かいかしょうばいおうらい) 松川半山(まつかわはんざん)著 大阪 岡田茂兵衛 明治6(1873)   190‐192

貿易の増加にあたって必要となった、航海の道具や交易の用語、諸外国の事情などを解説したもの。

(後)『万国商売往来』(ばんこくしょうばいおうらい) 横田重登(よこたしげと)著 松川半山(まつかわはんざん)画 京都 林芳兵衛 明治6(1873)官許  540‐10

新時代の商業に便なる往来物として編纂されたもの。




参考文献
この展示会を開催するにあたり以下の資料を参考にいたしました。

『忠誠と反逆』 丸山眞男著 筑摩書房 1992年 311.2-45N
『幕末維新の大阪』 北崎豊二著 大阪文庫8 松籟社 1984年 216.3-181N
『文明開化と民衆意識』 ひろたまさき著 青木書店 1980年 326-953#
『文明開化の研究』 林屋辰三郎著 岩波書店 1979年 326.1-729#
『明治草創=啓蒙と反乱』 植手通有編著 社会評論社 1990年 311.2-6N
『明治文化全集』 第21巻 文明開化篇 復刻 明治文化研究会編 日本評論社 1993年 081-11N
「初代長谷川貞信の挿絵本」 多治比郁夫著 (『すみのえ』185号所収) 1987年 雑2470#
「松川半山の著書・挿絵本」 多治比郁夫著 (『すみのえ』184号所収) 1987年 雑2470#